雨上がりの栞(とりまりと)

第2話 白紙のページ

 本の最後のページは、白紙だった。

 澪は二枚まとめてめくってしまったのかと思い、指先でそっと確かめた。けれど、その前にはたしかに「おしまい」と印刷されている。

「ここに、何かあったんですか」

「書く場所が残してあるんです。借りた人のために」

 女の人が鉛筆を一本差し出した。軸の端には、同じ鳥の形が彫ってある。

 澪はカップを両手で持ち、白いページを見つめた。

 十二年前、この本を貸してくれたのは誰だっただろう。

 祖母ではない。駅員でもない。窓辺に座って、紙を折っていた男の子だった。

 思い出すと、記憶は雨のように音を立てて戻ってきた。

 列車を待つ間、澪はひとりで泣いていた。転校が決まったばかりで、明日からのことが何もわからなかったのだ。

 男の子は事情を聞かず、この本を差し出した。

「最後まで読んだら、返しに来て」

「遠くに引っ越すから、来られないかもしれない」

「いつでもいいよ。ここに置いてくれれば、僕が読むから」

 あのときも、最後のページは白かった。

 澪は男の子の言葉の意味を、本当にはわかっていなかった。

「その子は、今も来るんでしょうか」

 女の人は窓を見た。

「人は、同じ場所にずっとはいません。でも、置いていったものに会いに戻ることはあります」

 雨足が少し弱くなっていた。

 澪は鉛筆を握った。書き始めるまでに長い時間がかかったが、一文字書くと、その先はゆっくりつながっていった。

 あのあと、友達ができたこと。

 海の見える町で育ち、今は知らない人ばかりの街で働いていること。

 ときどき帰る場所がなくなったような気がしていたこと。

 それでも、あの日にもらった一冊を、どこへ引っ越すときも捨てなかったこと。

 最後に、短く書き足した。

 貸してくれて、ありがとう。今度は、ちゃんと最後まで読みました。

 字は思っていたよりも、子供のころのままだった。

 澪は少し笑った。女の人は何も言わず、冷めかけたカップに新しいお茶を注いでくれた。